きものの日 - 2018年11月15日 -

11月15日はきものの日です。この日は七五三が行われることも多く、きものを着る方も多いのではないでしょうか。
きものの日の由来はどのようなものでしょう。それはきものの歴史と深く関わっています。

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きものは日本の民族衣装

今でも、きものはお葬式や結婚式で見ることができます。こういった時にきものを着る由来を知っていますか。きものの歴史は古く、日本人はきものを着て生活をしていたことが由来です。お葬式や結婚式で見るような礼装だけではなく、普段着としてもきものを着用していた歴史があります。

それが、昭和に入ると、普段着にきものを着る人がほとんどいなくなりました。しかし、今でも七五三では子どもにきものを着せてお祝いする習慣が残っています。お葬式にきものを着ることも、結婚式にきものを着ることも同じです。その由来は、日本に古くからある歴史ある習慣が、今でも残っているからです。きものの日は、そういった歴史をなくさないために活用されています。きものの由来について深く知ると歴史がわかります。

きものの日が作られた由来

全日本きもの振興会は、昭和41年に作られた会で、きものの普及、発展を目的に作られました。全日本きもの振興会ができて以来の11月15日を「きものの日」として定めてきました。11月15日は七五三できものを着る人が多いことが由来です。では、このきものの日は、なぜできたのでしょうか。

それは昭和39年までさかのぼります。昭和39年は東京オリンピックが開かれた年です。この時に海外の方が大勢日本に来ることになりました。そして、日本に来た外国の人は、日本人がきものを着ていないことに驚いたというのです。「日本人は、なぜ民族衣装であるきものを着ないのか」といった意見が多くの方から寄せられたそうです。そういった歴史があり、それがきものの日ができた由来です。その話を聞いた、日本きもの振興会は、きものの日を制定し、きものをもっと日本中に普及させようという活動を行ってきています。

きものの歴史はいつから?

きものが今のような姿になったのは、平安時代からと言われています。きものの歴史は、その時代に始まりました。その頃着用していた、小振りな袖で対丈の衣服である小袖がはじまりといわれています。それ以前は、布を身体にまとったワンピース上のものを着用していました。平安時代に、小袖ができ、鎌倉時代や室町時代には、男性も華やかな色のきものを使うようになりました。次第に、武士の勢力が広がっていき、戦地に着ていく衣装にも、個性を出すようになっていきます。

江戸時代には、藩ごとにきものの模様が決まっていました。これらは、武士の制服のようなものと言えます。それらが著しい発達を遂げ、きもの技術が一気に伸びて、技巧をこらしたきものの数々があらわれました。こういった歴史があり、この時期のきものは、ほとんど現在のきものと同じ形になりました。

きものから洋服の時代へ

江戸時代が終わり、明治維新によって明治時代の幕開けです。この頃の日本は大きな変化があった時代です。今まで鎖国をしていましたが、明治時代になり開国をし、他の国の文化が入ってきて生活様式、服装様式が急速に欧米化しました。天皇の礼服は洋服となり、それに並んで上流社会では欧米化が進みました。その服装が徐々に一般人にまで浸透し、一般人も洋服を着る人が多くなりました。

そのような歴史があり、昭和になると、しばらくはきものの人と洋服の人が混ざり合った時代があり、第二次世界大戦後アメリカの占領下となった後には、きものを着る人の数がどんどん減り、特に若い人の間では洋服が流行するようになりました。現在では、普段にきものを着ることは少なくなりました。

きものの日にはきものを着よう

きものの日は11月15日で、全国できものを着る人が多くなる日に合わせて作られたという由来があります。神社では七五三の可愛らしいきもの姿が見られるでしょう。きものの日には、家族そろってきものを着て歴史を感じるのもいいですね。きものの日ができた由来は、日本国民にきものを着てもらうためです。11月15日は七五三の子どもたちに交じってきものを着て楽しめる日です。

きものの由来を学び、日本についての知識を深めましょう。きものを着ている姿を、子どもの思い出の中に刻み込んでいけるといいと思います。子どもの七五三の記憶は大人になっても残っているものです。家族できものを着て楽しかったという素敵な思い出を作りたいですね。

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