こどもの日にこいのぼりを飾る理由はなぜ? - こどもの日 2018年5月5日 -

-AD-

なぜ「こどもの日」なのに男の子のお祝い?

こどもの日は現代では国民の祝日に関する法律の中で「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」日という定めになっています。「こども」という記載しかなく、特に男の子のお祝いするとは定められていません。
しかし、現代においてはこどもの日には男の子のいる家は鎧兜や五月人形と共にこいのぼりを飾るという風習があり、女の子のみの家庭ではお祝いは行われません。

それは、子供の日が端午の節句であるところに由来します。

端午の節句は別名菖蒲の節句とも呼ばれており、菖蒲と尚武・勝負という言葉が語呂合わせとなり、武士の時代には男の子をお祝いする日として定着しました。
その名残が現代にも伝わっており、子供の日(端午の節句)は男の子のお祝いという風習が色濃く残っているのです。

こいのぼりが飾られるようになった由来

元々、武家社会において将軍家に男の子が生まれると旗指物という幟(のぼり)や旗を掲げてお祝いする風習がありました。この時代は跡取り=男の子ということで、男の子が生まれると跡取りが必要な武家では大変喜ばれたという背景があります。

元は将軍家の風習ですが、時代の経過と共に武家にその風習が広がっていきます。自家に男の子が生まれた際、お祝いとして家紋が入った旗や幟を掲げるということが、武家でも行われるようになりました。

そして、江戸時代にはその風習が庶民にも広がります。

江戸庶民の間では家紋を入れた旗ではなく、立身出世の縁起物である鯉の滝登りを思い起こさせる鯉の幟を掲げるようになり、それが子供が生まれた時から徐々に端午の節句にこいのぼりを掲げる風習へと推移しました。

こいのぼりの造りの由来

江戸時代に使われていたこいのぼりは平面で、現在のような立体型が主流になったのは明治時代に入ってからです。

そして現代は真鯉、緋鯉、小さな青い鯉と連なったものが一般的ですが、初期のものは黒の真鯉だけで、緋鯉が追加されたのも明治時代に入ってからです。

真鯉はお父さん、緋鯉はお母さん、小さな青い鯉は子供を指しているというのはこいのぼりの歌詞でもおなじみですが、このように考えられるようになったのは昭和からだと言われており、はじめのうちは緋鯉が子供を指していました。

そしてこいのぼりは古代中国の陰陽五行説と深い関わりがあり、こいのぼりの一番上にある青・赤・黄・白・黒の5色の吹き流しは陰陽五行説が由来となっており、真鯉、緋鯉、小さい鯉それぞれの色もこの5色から作られているのです。

この記事が気に入ったらいいね!しよう