古くから伝えられる織姫と彦星が主役の七夕 - 七夕 2018年7月7日 -

七夕と織姫と彦星についての解説。諸説ある七夕の誕生秘話や短冊、茅馬、ろうそくを使った行事など。このサイトはシーズンごとのイベントや記念日、祝日などの語源、由来や関連する事柄を詳しく説明しています。

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七夕の誕生は諸説ある

七夕は星祭りとも呼ばれるもともとは中国のお祭りです。昔は7月6日の夜、軒下に短冊をつけた笹を飾って翌日の7日に川へ笹を流していました。中国で行われていた乞巧奠(きつこうでん)という風習が元となっているという説があります。その他にも諸説あり、いくつかの風習が合わさって七夕の行事の原型が出来上がったと言われています。江戸時代になると七夕は五節句のうちの一つとなりました。

一般に広く広まったのもこの時期です。その当時は書き物や裁縫がうまくなるように願掛けをしていました。一般に広まるにつれ、豊作や健康なども願われるようになりました。現代ではさまざまなところでイベントとして催されています。織姫と彦星が出会うということで、恋人たちのロマンチックな日としても広まっています。

短冊や茅馬、ろうそくを使った行事

七夕では五色の短冊を飾りますが、これは中国五行説にちなむ「青」・「赤」・「黄」・「白」・「黒」に基づいています。それぞれ意味があり、願い事によって色の使い分けをするのが本来の短冊の書きかたです。現在は一般にはあまり色は関係なく使われています。里芋の葉っぱにたまる朝露で墨をすり、短冊に詩歌を書くことで字がうまくなるという風習もまだ残っています。

また、七夕に馬の人形を作る地域もあります。七夕馬という茅を使って作られる馬のことです。「カヤカヤ馬」と呼ばれることもあります。この馬は翌日に川へ流していました。そして今でも北海道で残っている習慣に、ローソクもらいという習慣があります。子どもが夜に家々を周り、ロウソクを貰ってきます。集めたロウソクは仏壇および神棚に置いたり明かりとして使用していました。

年に一度の恋人星の出会い

七夕と言えば星見が欠かせません。有名な織姫と彦星のお話にちなんでいます。夏の大三角形はこの2つの星ともう1つの星、はくちょう座のデネブで作られます。中国では織女、牽牛と呼ばれていて天文学的にはこと座のベガとわし座のアルタイルです。農業が忙しくなる時期にこの星がよく見え始めます。七夕の日はちょうど梅雨の季節と重なることもあり、雨で残念ながら星が見えないこともあります。

日本では七夕の日が雨だと織姫と彦星が会うことができないと考えられています。しかし、お隣の韓国ではその雨は織姫と彦星が再開できたことを喜び、涙を流している雨だと考えられています。さらに翌日も雨だった場合、こんどはお別れを悲しむ二人の涙ということになっています。国によって二人の落ち合う形も違い、中国ではカササギが羽を連ねることで橋を作ったり、ベトナムではカササギではなくカラスになります。

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