七夕 - 七夕 2018年7月7日 -

七夕の成り立ちについての解説など。このサイトはシーズンごとのイベントや記念日、祝日などの語源、由来や関連する事柄を詳しく説明しています。

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七夕

七夕の起源は西暦502~557年の中国にあるとされており、当時の中国の殷芸という人物の著書、小説に天の川の東に織姫がいて西側には彦星がいたという現在の七夕伝説のルーツと考えられる記述があります。
また紀元前206~西暦8年、前漢時代の中国の文献である西京雑記には7月7日に7針に糸を通す風習もありますから、この二つが融合したのが現在の七夕の起源ではないかとするのが有力な説です。
七夕という名前は西京雑記における7月7日という記述が元になっており、全体として中国を起源とする文化であると言えるでしょう。

この中国で生まれた文化が日本に伝わったのは奈良時代の頃であるとされています。ただ中国で生まれた状態でそのまま日本に広まったわけではなく、元々日本に存在していた棚機津女の伝説と融合して変化があったというのが有力な説です。その後日本では7月7日を七夕の節日として定め、相撲御覧や星合といったいくつかの催事が執り行われていましたが、平城天皇が崩御した折に相撲御覧の日が別の日に移されたため、相撲御覧の文化はこのころに廃れました。

現代の日本のようなイベントごと、つまり短冊に願い事を書いて笹の葉に吊るす日として広まったのは江戸時代の頃であるとされています。
記録としては1687年に藤田理兵衛という人物が刊行した江戸鹿子があり、ここでは7月7日には江戸の子どもたちが短冊に願い事を書いていた記録が残されています。
この短冊に願い事を書く文化は当時の日本で信仰されていた神道の大祓の文化が融合したものであるため、日本以外では見られない日本固有の文化です。

現在でも七夕の文化は江戸時代とそこまで大きく変わっておらず、7月7日、地域によっては8月7日が近づくと、さまざまなところで笹が飾られて、多くの人が願い事を書いた短冊に吊るすようになりました。強いて違いがあるとすれば、その願い事の内容がどのようなものでも良いことでしょう。

江戸時代のころの七夕では芸事の願い事が成就するとされていましたから、この点は現代になってかなり寛容になったと言えます。古くから民衆の生活と近い存在であったために地域によってさまざまな違いがあり、各地によって異なるイベントが催されているのも、この七夕の面白みでしょう。

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