体育の日 - 2017年10月9日(10月第2月曜日) -

体育の日の起源や語源、歴史、
また体育の日に行われる行事など体育の日に関することを解説。

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運動の秋を象徴する日

6月から8月にかけて長い猛暑の時期が終わり、北からの冷たい空気が入り込むことで平均気温が25度ぐらいになるのが秋の特徴です。

秋は3種の秋といわれています。

一つ目は夏に疲弊した体を回復させるための食欲の秋と2つ目は室内外で多くの文化集を読むことで経験値をためる読書の秋です。そして3つ目が適温になったことで体の負担が減る時期だからこそ体を動かしてほしい運動の秋です。

その運動の秋を十分に楽しんでほしいと、毎年10月の2週月曜日に設定されているのが体育の日なのです。

体育の日は、秋になり体が動かしやすい時期だからこそ国民全体が体を動かして健康であってほしいという願いの元で祝日に設定されているものです。ただその起源というのはもちろん運動による健康祈願が目的ですが、その裏には日本が世界に一つのアピールをした日として記念されたことは始まりです。

戦後復興のアピールの場として

体育の日の起源は今からさかのぼること1964年にさかのぼる事になります。

終戦後の1950年代から日本は他国の支援を受けながら経済的にも復興が出来た日本ですが、世界ではまだ復興できたという情報はなくまだまだ復興の途中であると考えられたのです。それでは世界の一流国の仲間入りできないと考えた世間は、復興できたことをアピールできる場を考える必要があったのです。

そこで考えられたのが、敵国だったのに復興の手助けをしてくれた他国への感謝の気持ちを伝える場としてオリンピックの招聘を決めることになります。そのオリンピックの招聘が決まったのが1964年に行われた東京オリンピックであり、その準備と日本の気候を考えて通常は8月に行われるのを10月の第2週に行われたことでそれからこの日は戦後復興のアピールできた場の記念として体育の日が設定されたのです。

平和の願いを元に語り継がれる体育の日

体育の日が出来た起源は、敵国だった日本を経済支援で助けてくれた国々に復興できたことをアピールするためにオリンピックを開催したことが始まりとなります。

ただそんな起源を持つ日ですが、現在ではアピールの場としてではなく新しい解釈を与えられてもいます。それは平和への願いです。オリンピックは平和の祭典、国同士歴史上の軋轢があってもこのときだけはスポーツに準ずるものたちを応援し一つになろうという考えの元で開催されている祭典です。その祭典を開いたからこそ、今後そういった出来事をおこなさないように記念日として設定することで改めて考えさせることが出来る日なのです。

さらに言えば、この体育の日があることで平和の中で運動できることがどれほど幸せなことなのかをかみ締める意味でも重要な日でもあるといえます。

東京オリンピックの開会式を記念して制定

国民の祝日として広く知られている体育の日。

10月第2月曜のタイミングでやって来ますが、ある年代以上なら10月10日と言った方がしっくりくるかもしれません。その由来は1964年東京オリンピック開会式の行われたのが10月10日という事で、日本チームも多くのメダルを獲得した本大会の感動を記念して制定されました。国民の祝日に関する法律によれば、「スポーツに親しみ、健康な心身を培う」事を目的としています。

秋晴れの空の下、身体を動かし汗を流すのは気持ちのいいもの。当日は多くのスポーツイベントや大会が行われ、そこで活躍した選手が世界の舞台へはばたく事も少なくありません。制定当時から50年以上経った現在、その由来と目的は充分に果たされているといって良いでしょう。

体育の日が10月10日の理由

今年のリオ大会のスケジュールでもわかるように、オリンピックは通常7月から9月に開催されます。1964年東京大会の開催が10月になったのは、異例と言えます。

その理由は気候。夏の日本列島は気温が上がるうえ、湿度も高く選手にとって過酷なコンディションです。また台風が直撃するケースも多く、特に屋外競技への影響は無視できません。そのため夏場を避けて、5月か10月が候補として検討されていました。

しかし5月はヨーロッパでまだ寒い所が多く、選手の調整面で各国から難色を示されました。それで10月開催に決定したという流れです。また開会式の日も晴れる確率の高い10月10日か、15日が候補に残りました。しかし1964年のカレンダーでは15日が木曜と、平日にあたります。10日は土曜なので、多くの国民が注目できる10日に決定しました。

体育の日に行われる運動会は減少傾向

運動会といえば10月10日、そう記憶している人も多いでしょう。しかしハッピーマンデーが制定されてからは、10日は平日になってしまう年が増えました。運動会が行われるのは月曜祝日の体育の日、または前後の土日というケースが多くなっています。さらに近年では、10月に運動会が開催される機会が減少傾向にあります。理由は温暖化による気候の変化。残暑が厳しくなり、熱中症に倒れる子供が増えたためです。台風についても同様。また最高学年の受験準備のため、秋の学校行事そのものが減ってきています。

とはいえ体育の日に行われる地域の球技大会や、スポーツ施設の割引制度などは盛んです。その理念が忘れられたわけではありません。当日は気持ちよく身体を動かして、オリンピック当時の熱気に思いをはせるのも有意義な過ごし方です。

体育の日はいったいいつ?

体育の日は、日本の国民の祝日のひとつであり、日付は10月の第二月曜日がこれにあたります。10月の土日以外の祝日はこの一日のみです。

1966年に誕生してから、1999年までの33年間は10月10日に固定されていましたが、ハッピーマンデー法・移動祝日によって定められたことにより、2000年より第二月曜へと変わりました。

ちなみに、第二月曜が体育の日となるまでの固定日・「10月10日」は晴れの日が多いことから、東京地方では秋雨前線が去り「晴れの特異日」である、という説を語られがちですが、実は10月10日は特異日ではありません。比較的10月は気象的に晴れの日が多いとされてはいますが、10日が最も多い日ではなく、10月の特異日は14日とされています。

体育の日の由来・語源は?

体育の日が現在の第二月曜になるまでの日程・10月10日であった理由は一体何だったのでしょうか?その語源・由来は1964年までさかのぼります。

この年号を聞いてピンと来る方も多いかもしれません。1964年は、日本で初めて五輪大会が開催された、「東京オリンピック」の年です。開会式が行われたのが、同年1964年の10月10日でした。その素晴らしい功績を讃えて、10月10日をスポーツの記念日である「体育の日」にしようという声が高まり、制定されたのが1966年のことです。

ちなみに、1961年に制定された「スポーツ振興法」により、10月の第一土曜日を「スポーツの日」と定めていましたが、現在の動きとして「体育の日」の名称を「スポーツの日」に改称しようという動きもあります。

体育の日って何をする日なの?

漠然と「体育の日」という名前が付いていますが、一体どういう日なのでしょうか。前後の月に敬老の日や勤労感謝の日があるので、体育に感謝する日?健康な身体に感謝する日?

正解は、「国民がスポーツに親しみ、健康な心身を培う日」です。つまり、スポーツに興じて、健康的な身体・精神を育む、言わば「スポーツの秋」という日ですね。同じ秋にある「読書週間」と同じようなもの。

先述の通り、特異日から外れたとしても、10月は比較的晴れ間が多く、また夏の暑さも徐々に影を潜めだした頃なので、屋外で運動をするのに心地よい季節という訳です。そのため、各町内会や小学校・中学校・高等学校で運動会が開催されるシーズンでもあるわけです。ただし、日頃運動していない方がはりきって運動すると身体を傷めやすいので、準備運動と適度な運動、この2点はお忘れなく。

体育の日のはじまりについて

体育の日の前身は1961年にスポーツ振興法によって制定された10月第一土曜日のスポーツの日です。この後1964年の10月10日に第18回オリンピック東京大会の開会式が行われ、これを契機にスポーツに親しみ健康な心身をつちかう日として1966年に制定されたという歴史があります。

10月10日は気象庁の観測史上、全国的に晴天の多い特異日だったことからこの日が東京オリンピックの開会式に選ばれ、後に体育の日と定められました。しかしながら、2000年になってからは祝日法改正のため10月の第二月曜日に変更されて現在に至ります。このため全国各地で体育の日を中心に運動会が全国各地で行われるようになりましたが、近年では熱中症になりやすい期間に練習するのを避ける、行事を分散させるといった目的から運動会は春に行われることが多くなっています。

体育の日と運動会の歴史

オリンピック東京大会を記念して制定された体育の日にちなみ、かつてはこの日を中心とした秋に運動会が行われることが多くありました。

運動会の起源は明治初期の海軍兵学校寮の共闘遊戯や体操伝習所の体操演習会にあるとされています。

運動会が全国的に定着したのは明治33年に小学校令が改正されて体操が必須科目になり次第に学校行事に加えられるようになってからのこととなります。陸上競技的種目や徒手体操の他、比較的早い時期から綱引きや騎馬戦、二人三脚や障害物競走などが取り入れられていて、見物に家族が弁当持参で出かけるようになりました。これを受け地域対抗リレーや父母の競技なども加わり、次第に小学校の運動会は地域の祭礼としての色彩を強くしていきました。

しかしながら現在では地域のつながりの希薄化などから祭りとしての活気は失われつつあります。

昭和と現在の運動会のお弁当今昔

昭和の運動会のお弁当で定番メニューはおにぎりあるいはいなり寿司や巻き寿司、卵焼きや唐揚げで、これらが重箱に入っていて家族大人数で賑やかに食べるのが運動会の楽しみの一つでした。

現在でも卵焼きや唐揚げは大人から子どもまで人気のあるメニューで、近年の運動会のお弁当でも懐かしさと皆が好きということから採り入れられています。現在でもおにぎりはお弁当の定番ですが、キャラクターの顔をかたどっているなど見た目の可愛さを重視したものが人気となっています。この他定番ののりを巻いたおにぎり以外にも混ぜご飯のおにぎりや肉巻きおにぎり、スパムおにぎりなども近年人気があります。

この他その過程によって様々な手の込んだ色とりどりのおかずがつめ込まれていますが、現在でもその中に卵焼きや唐揚げを入れているケースも多く、昔も今も変わらぬ人気を感じさせます。

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