十五夜 - 2018年9月15日頃 -

十五夜の起源や語源、歴史、
また十五夜に行われる行事など十五夜に関することを解説。

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十五夜の起源と歴史について

十五夜は中秋の名月とも呼ばれていて、9月の中旬に月を見るという日本に古くからある風習の一つです。お月見をするときにはお供え物をして、綺麗な満月を眺める習慣があります。日本の伝統的なイベントのイメージがありますが、起源は唐の時代の中国です。唐の時代の中国では月が一番綺麗に見ることが出来る旧暦の8月15日に家族の健康や豊作を願って、月を見ながらお祝いをしていたのです。日本には平安時代に伝えられ、貴族や武士だけでなく、一部の庶民も十五夜を楽しんでいたという歴史があります。本格的に知られるようになったのは、江戸時代です。月には農作物を育てる力があり、より良いものを作ることが出来ると信じられるようになり、日本のこの風習が広く伝わるようになったのです。

お月見のお供え物の意味

お月見には美しい月を見ることだけでなく、月や神様を信仰するという意味もあります。十五夜に欠かせないお供え物をすることで神様との結び付きを強めることができ、豊作や家族の幸せなどのお願いを聞いてもらいたいという意味が込められているのです。

お供え物の代表として広く知られているのが、お月見団子です。米粉を丸めて作ることで、収穫のお祝いや豊作の願いを込めています。また健康や幸せ、物事が実るようにという意味があるのです。中国では団子ではなく、満月を連想させる月餅をお供えしています。すすきは姿形が稲穂に似ていることから、豊作の願いを込めたお供え物として選ばれています。

また鋭い穂先があることから、悪いことを切って欲しいという意味もあるのです。お供え物は、自分たちで収穫したものを使います。

もう一つのお月見と十五夜が秋になった理由

日本古来の風習には、十三夜という物があります。これは中国から伝えられた十五夜とは少し違い、10月の中旬にお月見をします。十五夜を参考にして作られた風習で、十五夜のときに月を眺めた場所でもう一度お月見をします。同じ場所でしないと縁起が悪いとされていて、日本古来の伝統となっています。

どちらも秋の季節に行われていて、お月見をするのに最適だった時期が選ばれています。日本の春から夏にかけては気温が高く、湿度も高いです。月を眺めていても長時間そこにとどまっていることは難しく、湿度のせいで遠くを眺めるのは難しいです。冬の季節は寒すぎるため、同じ場所で月を眺めるのは過酷です。このような気候の理由があったことから、秋の季節にお月見をする習慣が生まれたと考えられています。

秋に昔から行われていた行事

十五夜は中秋の名月とも言われています。秋の季節の真ん中に出る満月だからです。今でこそ8月15日は夏の暦ですが、昔の暦では7月から9月は秋にあたりました。よって十五夜は秋の日の真ん中に当たります。今では一月程度遅れて9月から10月の間にこの中秋の名月が見られます。満月は豊穣の象徴とされています。それは欠けたところがないからです。

昔の暦は月の満ち欠けを基準に月日が数えられ、種植えや収穫などの農作業が行われていました。この十五夜の日はもともと豊作を祈る祭りが行われていた日です。一年で最も明るいこの夜に、各地域では秋の収穫物でお供え物をしたり美しい月を鑑賞したりして楽しみました。その始まりは古く、その由来や一体いつから始められたのかはあまり解明されていません。

旧暦で大切にされていた満月の日

今の十五夜の月を眺める行事は中国から伝わったとされています。その歴史は古く、奈良時代や平安時代にも和歌の題材にされてきました。貴族たちの間では月見のための宴が開催されていましたし、庶民は収穫祭としてこの日を楽しんでいました。月の光には精霊が宿ると信じられていもいました。満月の日に催されるお祭りはこの日だけではありません。

神社で行われる春の例大祭や6月に行われる祇園会、7月のお盆に11月の霜月祭りなど、満月にはさまざまな行事が行われています。満ち欠けして暦の基準にしやすい月は人々の生活に大きな影響を及ぼしてきました。日本最古の物語である「竹取物語」も月のお話です。そして多くの俳人たちがこの名月を歌に詠み残しています。歌だけではなく、絵画にもその姿が描かれています。

お月見の夜に行われること

十五夜には月見台を用意して満月を楽しみます。その三方にはお月見団子、里芋、果物などをお供えします。日本独自の風習として十五夜の一か月後の十三夜があります。この日も十五夜と同じように秋の収穫物を供えて月を眺めます。十五夜は芋を供えるので芋名月ですが十三夜は栗などを供えるため栗名月とも呼ばれます。

現在芋や栗を供える家庭は少なくなってきていますが、お月見団子はよく売られています。このお月見団子ですが、そのまま食べるところ、あんこを添えるところ、きな粉を添えるところなど食べ方は様々です。この秋の満月の収穫祭はヨーロッパ地域でも開催されています。日本では一月後の十三夜にまた同じように月を愛でますが、ヨーロッパ地域では狩猟祭りを行います。このように秋の満月を楽しむ習慣は昔から世界中で行われています。

十五夜の語源と観月の慣習

日本では、紀元前131世紀頃より続く縄文時代から月を愛でる慣習があったとされていますが、月見の文化は中国より平安時代に伝来したとされ、醍醐天皇の御代909年に清涼殿で開かれた観月の宴が宮中行事として定着し、次第に一般庶民に広がっていったとされています。十五夜は、太陽と月の黄経差が0度〜44度となる新月を朔日として、太陽と月の黄経差が180度となる15日目の夜の満月を十五夜と呼んだのが語源とされています。

十五夜は、観月に月の位置が最適とされる旧暦の8月15日の満月を中秋の名月と呼び、旧暦の7月は初秋、旧暦の9月は晩秋とそれぞれ呼んでいます。又、日本独特の観月の慣習として、十五夜だけの観月は片見月と呼ばれ縁起が悪いとされ、十三夜も観月するのが風流とされています。

十五夜の起源とされる中秋節の由来

十五夜は、中国で盛大に祝われる中秋節が起源とされ、中秋節は中国に古くから伝わる嫦娥の神話に由来するとされています。神話では、神代の時代に天に10の太陽が現れ、海や大地が焼かれ人が暮らせなくなりましたが、弓の名手ゲイが宝の弓と神の矢で9の太陽を射落とし平和が訪れ、ゲイは崑崙山の伝説の女神西王母に不老不死の秘薬を頂きます。

しかし、ゲイの妻嫦娥は、悪漢蓬蒙に不老不死の秘薬を奪われそうになり、不老不死の秘薬を飲んでしまい空高く舞い上が愛する夫から一番近い月の広寒宮に降り立ち1人寂しく暮らす事になります。ゲイは、嫦娥が舞い上がった8月15日に、毎年嫦娥の好きな物を並べ嫦娥を偲んだとされています。その後、嫦娥を偲ぶゲイの姿に触発された村民達も嫦娥を偲んだのが中秋節の起源とされています。

十五夜のお供え物の意味

十五夜は、平安時代には皇族や貴族などの上流階級の月を愛でる優雅な儀礼でしたが庶民に広まり、月見団子やススキ、萩などをお供えして五穀豊穣を月の女神に感謝する祭礼として広まったとされています。月見団子は、秋の十五夜の頃に穀物の刈り入れが始まる事を神仏に感謝して、新しい穀類を粉にして丸い団子として供えた平安時代の慣習が起源とされ、現在では月見団子は1段目に3×3の9個、2段目に2×2の4個、最上段に2個の計15個を積み上げます。

ススキは、秋の七草にも数えられる秋を代表する植物であり、農作物や子孫を見守る神霊の依り憑く依り代として稲穂の代わりに供えられ、魔除けの意味でも供えられています。萩は、邪気を祓う力があるとされ、宮中でも月見の儀には萩の箸が用いられています。

十五夜とはいつのこと?

十五夜は童謡などにも登場することがある言葉ですが、正確にはいつのことを指しているのでしょうか?十五夜は中秋の名月とも呼ばれることがあり、正確には旧暦の8月15日のことです。同じくお月見をする日には旧暦の9月13日に行う十三夜もあります。旧暦の場合、現代の暦とは違って毎年日にちがずれますので注意が必要です。

例えば2016年の十五夜は9月15日、十三夜は10月13日です。この両方を見ることがお月見であり、片方の日にしかお月見しないことは片見月といって昔は縁起が悪いとされていました。お月見をするのであれば十五夜だけではなく、十三夜もするのを忘れないようにしましょう。秋に美しい月を眺めて過ごす夜も風情がありますし、とてもゆったりとした時間が流れます。

十五夜の歴史はどういうものか

この行事は中国から伝わってきたものですが、最初に伝わったのは奈良時代から平安時代初期くらいなのではないかといわれています。その後になって秋のいろんな食べ物の収穫とつながり、今のように豊作祈願や実りの感謝の気持ちをこめて行われるようになりました。満月は欠けた部分がないため、農業をする者にとっては豊穣の印ということで十五夜の満月の時に当時はその時期に収穫することが多かった芋をお供えしていました。

そのうち、満月を表現する団子と魔除けの効果があるとされるススキをお供えしていました。地域によっては昔ながらの風習が残っており、お供えしたものを子供が持っていくのが許可されていたり、他人の畑の作物もこの日だけは無断で持っていっても良いというのが許されていたりします。

世界によって違う月の模様

日本では満月には月でうさぎが餅をつくということがよく言われていますが、実はこれは世界各国で違っていて、月の模様が別のものに見えるのが面白いです。例えば日本と同じくうさぎに見えるのは近い国である韓国や中国、南ヨーロッパにいくと大きなハサミを持つカニ、東ヨーロッパでは横顔の女性のように見えるといわれています。

さらに北ヨーロッパでは読書している老婆と同じヨーロッパでも全く違うものが見えるのです。アラビアではライオン、昔いたバイキングの間では水をかつぐ男女のようだと言われていましたし、同じヨーロッパでもドイツでは薪をかついでいる男の姿だといわれています。そしてカナダのインディアンの間では月の模様はバケツを運んでいる少女の姿のように見えるとされています。お月見の時に月の模様を想像してみるのも楽しいです。

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