夏至 - 2018年6月21日頃 -

夏至の起源や語源、歴史、
また夏至に行われる行事など夏至に関することを解説。

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夏至とは

二十四節季というのは、日本では明治5年まで使用されていた暦、太陰太陽暦で使用されていたもので、太陰暦(太陰暦は、現在旧暦と言われています)と季節を一致させるために考え出されたものです。
また、定気法と言う考え方では、太陽の通り道、太陽黄経と天の赤道の交わる点を春分として、それから90度のところを夏至とする考え方もあります。
現在でもこの二十四節季は、季節の移り変わりをあらわす言葉として使われ、春分、秋分の日は祝日となっています。
立春を1番目と数えて夏至は第10番目になります。1年で日の出から日没までの時間が1番長い日に当たります。

暦の上では、夏至の起きる日をいいますが、天文学では、太陽光系と天の赤道を結んだ線から90度のところを太陽が通った瞬間をいい、太陰暦を使った恒気法と言う考え方では、冬至から半年後の事をいいます。
期間としての考え方もあり、夏至の日から、次の節気の小暑までの期間を示す場合もあります。
暦では夏の真ん中ですが実際の季節は日本では梅雨に当たり、農業をする人達にとっては、夏至の少し前までに田植えを終える習慣があったそうです。

二十四節季と言う言葉が最初に考え出されたのは中国で、その北部地方の気候に合ったいますので、日本の気候とは少しずれがあります。この考え方が、中国の農事暦となり、日本には六世紀後半に伝来して、数回の修正を加えて使われていました。地球が太陽の周りを回る三六五日と月が地球の周りを一週するのにかかる29.53日の12カ月分の差11日をうまく工夫して、完成したのが太陰太陽暦で、完成したのは天保13年です。夏至の考え方が定着したのもこの時になります。

明治5年に日本の暦は太陽暦に変更されました。しかし、農事暦として価値のあった太陰太陽暦は、日本で使われ続け、今でも旧暦として流通しています。
太陽暦は現在の経済活動に合っていますので、主に使われるのは太陽暦ですが、季節の移り変わりを表す言葉として、二十四節季の主なもの、冬至、夏至、春分、秋分と言う言葉は新聞やテレビでもよく見聞きされます。
太陽の当たらない北欧では、太陽の子度が一番高くなるこの日には夏至祭りが賑やかに行われる習慣があります。

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