年に一度の大イベント大晦日をどう過ごすか、そしてその時の料理とは。 - 大晦日 2017年12月31日 -

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大晦日の年越し行事

大晦日には、様々な年越しの行事が行われます。テレビでは紅白歌合戦がガンガンやっていますし、台所では女性陣が年越しの食事対策として忙しく用意をしていますし、男性陣は大掃除をしていたり、年賀状を遅まきながら書いているとかというのが風物詩のようになっています。家の外では、外国のトレンドである大掛かりなカウントダウンパ-ティーが、毎年日本中いたるところで行われます。特に主たる大きな公のスポットは、むろん、いわゆるアミュ-ズメントパ-クのカウントダウンパ-ティーも盛大に開かれます。単に年越しだというのではなく、オールナイトで騒ぎましょうということでチケットが、沢山売りニ出されています。特にこの10年は年々盛況になってきています。関西では、ユニバーサルスタジオジャパンの年越しイベントは格別です。朝までアトラクションが乗り放題になります。一晩中、ハリーポッターの世界にはまり込むのです。多くの人が県内外から集まります。USJでは大晦日の夜から元旦の朝にかけてカウントダウンイベントがアーティストのライブとずっと休みなしで行われて、特に圧巻は年越しと同時に打ち上げられる3000発の花火になります。満点の大空が花火で埋め尽くされると、歓声が大きく上がります。リピ-タ-の多いことでも西日本では大変有名なイベントになっています。関東地方に目を向けるとやっぱり、ディズニーランドとシーでしょう。他のアミュ-ズメントパ-クもありますが、桁が違います。日本人ばかりかアジア圏の観光客が大挙します。ディズニーランドとシーのカウントダウンイベントは、実はなかなか手に入りません。抽選でチケットが当たった人だけが入場できるのです。それゆえに、プラチナチケットともいわれています。年に一回限りの「ニューイヤーズ・イヴ」と題されてオールナイトでディズニーを楽しめるイベントになっています。

元々大晦日とは・・

あまり知られてはいないのですが、大晦日の「みそか」は本来「三十日」と書き、その月の30番目だという意味であります。そう教えてもらうと、「ああ、なるほど」ということになりますね。そして大晦日は「おおつごもり」といい「つごもり」は「月隠」の短縮語なのです。何の意味かというと、陰暦の月が隠れて出てこない月の最終日(みそか)のことなんです。もっと深いいわれがあるのかと思っていたら、文字どおりでした。そして十二月は、順番に行くと最終日のみそかなので、特に「おおつごもり」と呼びました。ここまでくると大晦日の意味合いが良く分かります。大晦日は元旦の前の日で、そわそわとした、そして年越しの準備で忙しい日です。そして正月ともなると、親戚一同が久しぶりに集まって一族の結束の強さを確認しあいます。お年始の会で、日本中の個々の家で行われます。さしずめゴットファ-ザ-の集まりのようなものみたいです。子供たちは、長い間あっていなかったいとこたちと会えて、所せましと朝から晩まで遊びまわりますし、大人たちは日本酒を飲んで久しぶりのやり取りに時のたつのを忘れるのです。そして、子供たちの一番の楽しみは、お年玉です。日本の子供だけが、この時期、この独特のシステムの恩恵があります。外国では、大晦日に大々的にカウントダウンパ-ティをやって、バカほど騒ぎますが、それはそれて゜終わりです。後かたずけに入ります。四日五日まで酒づけとか、お年玉でおもちゃ屋に走るということもないです。外国では、一月二日から働くところが多いです。また、当然子供たちに、お年玉という風習は有りません。日本の子供はある意味恵まれているのかもしれません。

大晦日とその関連の料理

外来の行事の派手さに隠れて、目立たないけれどもきちんと引き継がれている行事があります。年越し蕎麦(地方によっては他の食事)は、大晦日の晩にその日の為に作った蕎麦を家族が一緒に食することで健康に過ごせたことを喜ぶのです。その日の晩食にする地区と深夜の日付け入れ替わる頃に食べることになっている地区もあります。そして、夜の闇に響く除夜の鐘の風習もずっと生き続けています。いわゆる「108つの煩悩を祓う」鐘の音がひびき渡ります。実際に、聞いている間に悩んでいたことが嘘のように過ぎ去ったことのように感じ取れるので、廃れずに続いているのだともいわれています。また、初詣も現代に生き続けている伝統行事の代表選手といえるでしょう。ただ年の初めだけお参りして,そのあとは行かないという人が多いので、まめに神社にはお参りに行くのが良いでしょう。年末年始は、以前はお店とか商店が完全に閉まってしまうので、利用できないとということで、おせち料理というのが必要でしたし、重宝もされました。もっとさかのぼると室町時代のころの記録によると、当時は狩りをすることで食料を手にしていたり、畑から食料を得ていたが、年末年始は一切のそれらの行為をしないのでおせち料理が生み出された経緯があるのです。すなわち、日持ちがして、腐らない食料ということでおせち料理のメニュ-が考えられて今の形になったようです。ただその後、各地におせち料理の文化は日本中に広がってゆき、多くのところでは、元旦以降にお祝い料理としておせち料理を食するようになりました。ただ北海道とか、都心から距離のあるところでは、本来のおせち料理のあり方ということで、大晦日に食べるところがあります。元旦におせち料理を食べる風習のところでは、大みそかの晩に年越し蕎麦を食べるのが一つの形になっています。地区ごとで少しずつ流儀が違いますが、基本のところは同じです。

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