幽霊にはお国柄もありその違いについて - 幽霊の日 2018年7月26日 -

幽霊の話は我国でも昔から伝えられていて、特に江戸時代の絵師によって白い着物を着て透けるような姿をした足の無いものが典型的な姿として知られています。外国の場合も国柄には違いはなく無念を持って現れるところは共通しているようです。

-AD-

7月26日は幽霊の日

この日は19世紀の江戸時代に怪談話が舞台で初演され日というのが起源になっているようです。確かに多くの人々の中には幽霊に出会ったり見たという人も存在するようです。国柄にも違いがあり我国では江戸時代以前にも幽霊の話は伝わっていたようですが、良く知られるようになったのは江戸時代の絵師が表した足のない幽霊の絵が発端になっているようです。幽霊は国が違えばやはり姿かたちを変えて存在することが昔から伝えられているようです。人の考え方は共通するものととらえるべきか、それとも何かを恐れることで幻のようなものを見て来たのか、あるいは実在するのが本当なのかはまだよく分かっていません。しかし国柄としっても科学の発展した時代に映像でとらえられることになるとその信ぴょう性は高くなるものです。

日本の幽霊はどういうものか

日本の幽霊の話が実際に広まったのは明治時代以降、日本に帰化したギリシャ出身の新聞記者で後に作家となった学者の怪談小説が有名になってからではないかと見られています。
この作家の場合は妻から聞いた各地の伝説話や幽霊話に独自の解釈を加えて文学作品として発表したところに特徴があります。作家の国柄が違うわけですがこれがどういう形で考えられていたか違いも分かります。又、ひょっとしたら国柄に違いはないものかも考える余地が残されています。
確かに江戸時代の絵師の絵はそれまでに伝えられていた幽霊とは違い足もついてなくて体も向こう側が透けて見えるとかユニークな作風のものが多いものです。写生風に描かれたものですが、我々の怖いものというイメージを見事に表現してくれているとも言えます。外国人には確かに描ききれない世界なのは事実のようです。中には生活苦で痩せ衰えた姿が描かれたものも見え、生きている間に見た人にとっては死の直前の姿を見るのは耐えがたく怖かったことが伝わって来るものです。

海外の幽霊とはどういうものか

海外の幽霊の場合も国柄で色々な場所に現れるとされていますが、足は付いているものです。そして国柄で殺されたときの姿のまま現れるとか首がないとか骸骨の姿、火の玉や動物の姿でも現れるとされています。
場所としては墓地が多く、殺害された現場近く、処刑場、城館の跡地であるとか教会、橋などが国柄から言っても良く知られています。出現する時刻では0時から1時の間が多いようで夜明けとともに去って行くとされています。国柄よって違いもあり幽霊たちが列を作って教会や寺院の供養に現れるという話もあるようです。18世紀の後半には幽霊の物語が広がり、中でも城郭の中の話が有名になっていました。架空の話ではなく多くの人たちによってそれが実在するものとして信じられていたようです。

日本と海外の幽霊に関する違いとは

日本の幽霊は死んだ人が成仏できずにあの世に行けず、恨みのようなものを持って現実世界にその姿を現すといった特徴を持っているものです。
古くから何かをその人に告げる為であるとか要求するのが目的である場合が多く怨恨による復讐をしたいとか執着心から現れるとする説も多いものです。思いもよらない死に方をしたとか、生きている間に果たしたかったことを残して残念無念で死んだ場合に現れるとされ、思いを聞いてあげたり執着を解消してあげることで本人は成仏できるのではないかとされています。外国の幽霊の場合も死者の魂がこの世に未練や遺恨を残して死んだ場合に、現世において生前の姿で現れるとされています。宗教心からか日本の場合との違いとして生前に自分の行って来たことで良心にとがめて死にきれない人も現れるとされています。

幽霊のまとめ

幽霊話は世界の国々に話としてあるようで国柄によってその呼び方にも違いがあるようです。又、国柄によって内容にも違いがあるようですがいずれも別の世界からやってきた者というところには共通性も見られるようです。
古代からよくある話で中世から近世にかけて一般大衆が知ることができる小説などによって広まって行ったとされています。この世に未練を残して死んだ場合や責任を果しきれない状態で死亡した場合にこの世に現れるとされています。幽霊については国柄で違いも見られますが根本的には共通するところも多いものです。心霊現象とは違いがあるようですがポルターガイスト現象という独特の恐怖現象も知られています。

この記事が気に入ったらいいね!しよう