母の日 5月第2日曜日

母の日の起源や語源、歴史、
また母の日に行われる行事など母の日に関することを解説。

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世界中で見られる母の日

お母さんの日頃の労苦を慰め、感謝を込めてお祝いをする母の日。お母さんへの思いは世界共通と言えます。その起源は各国でばらつきがあります。

例えばアメリカでは1870年に母の日宣言がされましたが、これは戦場に夫や子どもを送らないという趣旨のものでした。母への感謝をという意味で記念日とされたのは、1914年のことです。5月の第二日曜日と定められており、メジャーリーガーがピンク色のものを身に付けて表現するのが有名です。

オーストラリアも5月の第二日曜日。1924年に始まったとされ、日本とは違い、菊の花を贈る文化があります。
アイルランドとイギリスでは17世紀に始まったとされています。キリスト教暦の四旬節期間、第四日曜日に祝われます。
3月から5月にかけて母の日を祝う国が多いですが、11月に行われるロシアや12月のインドネシアなど様々です。

日本における母の日の起源

日本では1913年、青山学院で母の日礼拝が行われたことが文化として根づくきっかけとなったと言われています。1931年に皇后の誕生日である3月6日を記念日としましたがこれは定着せず、1949年以降にアメリカに倣って5月の第二日曜日に祝うようになり、毎年恒例の行事となりました。

カーネーションを贈る風潮もアメリカから伝わった文化と言われます。アメリカのある女性が苦労して育ててくれた母の死を悼むため、母が好きだった白いカーネーションを教会に飾ったのが始まりと言われます。その名残で亡くなった母には白いカーネーションを、存命の場合は赤いカーネーションを贈るようになりました。母の日が近づくと花屋さんには多くのカーネーションが並び、値段も高騰するのがこの時期の風物詩となっています。

母の日の母への感謝の気持ち

母の日と言えば、日本ではカーネーションを贈る文化が根強いですが、近年ではプレゼントも様々な形を選ぶ時代になりました。同じ花でも、カーネーション以外のお母さんが好きな花や、可愛い花束を贈る人も増えました。その他衣服や小物、旅行などそれぞれの家庭で毎年感謝の気持ちが表現されています。

お母さんが家庭で果たす役割は大きく、苦労も多いことを改めて考えるのが母の日です。普段当たり前だと思って忘れがちな気持ちをこの日は素直に表現して、労ってあげるのが何より大事な日です。そんな意味で、この日だけはお母さんに家事を一切させないとか、夕食をお母さん以外の家族で作って振る舞う家庭もあるようです。

存命かどうかは別としても、すべての人にいるお母さんにありがとうと伝える機会にしたいです。

母の日に何かしていますか

みなさんご存じの通り、5月の第2日曜日は「母の日」です。特に祝日というわけではありませんが、母親に対する日頃の労をねぎらい感謝する意味も込められています。

街中では母の日の特設コーナーも設けられ、日頃の感謝の気持ちをこめて贈り物をする人も多いでしょう。また普段伝えられない感謝の気持ちや思いを手紙や電話、メールで伝える人もいることでしょう。

母親も特になにかプレゼントをもらうことを期待しているわけではなく、感謝の気持ちを伝えてくれるだけで十分だと思っている人が多いはずです。ですから、今まで何もしていなかった人やこれから何かしたいと思っている人にはぜひ「母の日」について学び、当たり前だと思っていることが実はそうではないことを知ることも大切なことではないでしょうか。

母の日の由来について

外国でも「母の日」がある国が多いようです。母親に対する思いというのは人種が違っても世界共通なのでしょう。5月に位置づけられている国が多いようですが、日付はそれぞれの国によって違いがあるようです。

日本では5月の第2日曜日となっていますが、元々の由来はアメリカ在住のアンナ・ジャービスが、自分を慈しみ大切に育ててくれた母の死を悼み、母が好きだったとされる白いカーネーションを贈ったのが始まりだとされています。

それが日本へも伝わり、「母の日」には赤いカーネーションを贈るのが一般的となりました。以前は母親のいない人は白いカーネーションを贈るという風習もあったようですが、最近ではあまり見られなくなり、カーネーションの色も赤だけではなく、ピンクや黄色といった母親の好みに合わせて贈る人が増えています。

感謝の気持ちをもちましょう

普段顔を合わせるとけんかになったり小言をいわれたりと「うるさいな。」と感じる母親も、子どものことを思って言っていることがほとんどです。まずこの世に生んで育ててくれた感謝の気持ちを大切にしましょう。普段面と向かって感謝の気持ちを伝えられない人は、カーネーションの花束とメッセージを添えて贈ってみてはいかがでしょうか。きっと喜んでくれること間違いなしです。

また、母親を食事に誘ったり旅行に連れて行ったりするのもいいかもしれません。なかなか普段ゆっくりと話す機会がない人にはぴったりの贈り物かもしれません。母親にとって大人になっても自分の子どもはいつまでも子どもなのです。いつも子どものことを思い気にかけているはずです。「母の日」には感謝の気持ちを伝えましょう。

母の日の語源について

母の日は、アメリカから日本にやってきた記念日の一つです。アメリカに住む一人の少女、アンナ・ジャービスさんという方が、お母さんの死を悲しみ、「生前から母に尊敬をする日を作りたい」という気持ちが、全米に広まり、そこから当時の大統領を経過して、「母の日」が誕生したという由来があります。

当時の大統領は、ウイルソン大統領でしたが、国民からの声を受けて、5月の第2日曜日に「母の日」を制定した、とされています。

ただ、このような語源、及び由来については諸説あり、実際にウイルソン大統領が制定をしたことで、記念日となりましたが、アンナ・ジャービスさん以前にも、このように母としての義務などを表したいと、活動を起こされたジュリア・ウォード・ハウさんがおられたことも、語源とされています。

母の日とカーネーション

カーネーションはとてもこの日とつながりがあるお花です。これについての理由は、アンナ・ジャービスさんが母の死を悲しみ、母の墓前に白いカーネーションを置いたことから、ここからカーネーションが、この日における象徴となったとも言われています。

カーネーションには色によって意味があります。上記のようなことから、白いカーネーションは「愛情を忘れない」という意味と同時に、母を失った方が、白いカーネーションを墓前にお供えすること、と理由づけられています。

また、アンナ・ジャービスさんが、母を失った方は白いカーネーションを、母がまだ存命されている方は赤いカーネーションを胸につけましょう、という提案をアメリカでの普及の際に行ったとされており、このような意味などから、この日に縁の深いお花となったとされています。

母の日についての歴史

アメリカでは、ジュリア・ウォード・ハウさんという女性が、アメリカで起きた南北戦争に息子や夫が犠牲になることの苦悩を訴え、自身が政治的な活動などを行っていたことから、「母の日宣言」というものを、広めようとした、とされています。また、日本では、「母の日」の元となったアンナ・ジャービス氏から、日本の青山学院大学に連絡が届いたことから、そこから日本にもこのような記念日がアメリカより入ってきました。

また、青山学院大学は、キリスト教系の大学であり、アンナ氏もキリスト教徒であったことから、このようなやり取りがあったのではないかとされています。

日本においては、当時の皇后様の誕生日を「母の日」としており、皇后様の誕生日である3月6日が、日本における母の日となっていました。ただ、普及がされず、現在の日本では、アメリカと同じ5月の第二日曜日がこの日となっています。

世界中に共通する『母の日』

毎年5月の第2日曜日は『母の日』として母親にカーネーションや記念品を贈って、日頃の感謝の意を表す記念日となっています。これは日本だけで行われている記念日ではありません。実は世界中で行われている記念日なのです。

ただし、日付は国や地域によって異なります。日本やアメリカ、オーストラリアなどでは前述のとおり毎年5月の第2日曜日が記念日となりますが、スペインでは毎年5月の第1日曜日。北欧スウェーデンにおいては毎年5月の最終日曜日が記念日となっています。さらには5月以外の月に行われる国も存在します(ノルウェーでは2月第2日曜日に、インドネシアでは12月に行われます)。いずれにせよ、『母の日』は世界中で行われている(母親への感謝を行う)記念日なのです。

『母の日』の起源と歴史について

『母の日』の起源は古代ギリシャ時代に遡ります。神々の母に感謝する祭りが発祥とする説があります。17世紀のイギリスでは、『マザーズ・サンデー』としてはっきりと記念日として制定されています。

このマザーズ・サンデーは復活祭40日前の日曜日に母親の元を離れて丁稚奉公に出された子供達が教会で母親と再会し、親孝行をすることを許された日でした。その後20世紀に入りアメリカで『マザーズ・サンデー』という名前はそのままで、カーネーションを伴い母親に感謝する現在の記念日にかたちに変化していきました。そして1914年のアメリカ合衆国議会において5月の第2日曜を『母の日』と定め、母親に感謝の意を示すことが制定されたのです。その後、この記念日は世界中に広がりました。

日本における母の日について

日本に『母の日』が伝わったのは1915年とされています。主にキリスト教関係団体が中心となって協会や日曜学校を経由して広めていきました。昭和初期には大手企業が告知したことによって全国的に広まることになります。

戦前には当時の皇后の誕生日(3月6日)が記念日とされていましたが、このときは全国的に普及することはありませんでした。その後、戦争を経て1949年以降アメリカ式の『母の日』が伝わります。ここからアメリカ同様に毎年5月の第2日曜日が記念日となりました。このように日本における『母の日』はすでに明治時代には誕生していたのですが、この当時は一般的ではなく、現在のように毎年5月第2日曜日にカーネーションを贈って母親に感謝するというかたちとなったのは戦後以降なのです。

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