清明 - 2018年4月5日頃 -

清明の起源や語源、歴史、
また清明に行われる行事など清明に関することを解説。

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清明

清明は古代中国より伝わる二十四節気の一つで、黄道を0度から15度ずつ刻み、太陽がその区分点を通る日付によって一年を24に分けたことに始まります。起源は紀元前400年ごろと古代中国で誕生し、日本には最古の文献である日本書紀にも554年に百済から伝来した旨の記述が見られます。
冬至や夏至といった節気が存在しますが、それと種類は同じで清明の場合は太陽黄経が15度の時で、春分から数えて15日目になっています。意味には、その頃が万物が清々しく明るく美しい頃を意味します。

毎年4月5日頃となり、こよみ便覧によれば「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」という様に記述されています。また期間を意味するものとして用いられることがあり、例えば4月5日より次の二十四節気の穀雨である4月20日頃までの期間を指す場合もあります。
日本では様々な花が咲き乱れるシーズンで、春先の花見のシーズンにも該当することで、その清々しい様と生き物が明朗として現れる様の清浄明潔を略して清明と名付け、それが由来となります。

二十四節気は、古代中国でそれが誕生して約2600年の歴史を持っていますが、日本では554年に百済より暦と一緒に輸入されており、それ以降も改良された暦が随時、海を渡って日本にも伝来しています。ただ中国の黄河地方と日本の気候は明らかに違いが生じますので、そのまま二十四節気を当てはめることは難しかったのも事実です。
そこで江戸時代には二十四節気を日本に適合するように改定され、それによって江戸時代に広がりをみせています。もっとも中国と密接な関係にあった沖縄では清明祭が行われ、先祖の墓前に親戚が集まり、料理を供え、それを頂く風習が盛んに行われるようになりました。

日本では1873年に太陰暦から太陽暦に暦が変更されたため、その役割を終えた感がありますが、今でもカレンダーなどにはその二十四節気の該当日付に記載される場合があります。また手紙を書いたりする上での時候の挨拶では、「清明の候」という始まりの文言が定着しています。
当然、ビジネスなどでメールの多用される現代にあってもそれを用いることも多く、季節を感じさせる言葉として定着しています。また沖縄の清明祭が盛んに行われることで、沖縄ではピクニック感覚の親戚が集まれる行事として定着しています。

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