節分の慣習として浸透し進化する恵方巻 - 節分 2018年2月3日 -

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いつの間にか浸透した慣習

節分の日は縁起の良い方角を向いて、7種の具が入った太巻きを丸かぶりする。そのような慣習は子供の頃になかったと、不思議に感じている人も多いでしょう。この「恵方巻」は1998年、あるコンビニエンスチェーンが全国的に売り出したのをきっかけに広く認知されました。2000年代には日本中に恵方巻が浸透し、実際に食べたという人も多数を占めるようになります。節分は豆まきよりも、こちらのイベントを優先させる家庭も今は少なくありません。

なぜこの太巻きは縁起が良いのか、節分とどういう関係があるのか。どうして人々に支持されるようになったのか。考えれば考えるほど謎が多く、ふと買うのを躊躇してしまう瞬間があるかもしれません。節分当日をすっきりと迎えられるよう、その歴史といわれをおさらいしてみましょう。

もともとは大阪から広まった

恵方巻の始まりは戦国時代とも、江戸時代末期とも言われています。豊臣秀吉の家臣が出陣前に海苔巻きのような物を食べ勝利を収めたとか、大阪商人が商売繁盛と厄払いのため食べたなど諸説あります。とはいえはっきりした由来は、未だわかっていません。

歴史に現れるのは大正初期の、大阪にある花街。節分の時期に漬物を使った海苔巻きを、縁起の良い方角に向かって食べたと伝えられています。さらに昭和初期には大阪の寿司組合が、「節分の丸かぶり寿司」というチラシを作った記録が残っています。こうした業界団体のキャンペーンから、関西方面へ徐々に広まっていったと考えられます。ただし恵方巻と言う名前は当時使われておらず、戦争の混乱もありこの慣習は一旦廃れてしまいました。少し不遇な歴史をたどったと言えるでしょう。

戦後の普及とこれからの展開

戦後も大阪を中心に「節分の丸かぶり寿司」復活のため、幾度かプロモーションが試みられました。海苔問屋の組合も協力してチラシを配るなどしましたが、効果は芳しくなかったようです。知名度が上がってきたのは1970年代。「巻き寿司早食い競争」のイベントが、メディアに取り上げられたのがきっかけとなりました。1980年代にはスーパーやコンビニが参入して販促を展開、恵方巻という名前も知られるようになり現在へ至ります。

太巻きの具はもともと漬物に玉子焼き、シイタケ煮といった質素なものでした。しかし最近はサーモンやマグロなど、具材が豪華になっています。これからはおせちと同様に有名シェフ監修や、お取り寄せグルメといった展開がポピュラーになる可能性はあります。こういった恵方巻を節分行事の進化として楽しむのも、福を呼び込むひとつのコツかもしれません。

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