節分と旧正月に当たる立春について - 節分 2018年2月3日 -

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節分とその翌日である立春とは

恵方巻きや豆まきといった行事で知られる節分の翌日は立春です。立春は旧正月に当たり、かつては年の初めや年の暮れとされていました。

節分は元々季節の変わり目に当たる立春、立夏、立秋、立冬の年四回行われていましたが、後に立春の前日のみを節分とするようになりました。節分の始まりは706年に疫病が流行した際、当時の文武天皇が行った追儺という行事とされています。この行事は中国から伝わったもので、病気や不作を鬼の仕業として追い払うというものとなっています。

現代でも豆まきは家庭や神社、寺院などで行われていて、豆を年の数あるいはそれに1つ加えた数だけ食べる事で無病息災を祈ります。また近年人気が出て定番化している恵方巻きはもともと関西地方や愛知県で行われていた風習で、その年の恵方を向き太巻き寿司を丸かぶりします。

節分に行われる色々な行事について

節分には豆まきが代表的なもので「福は内、鬼は外」というかけ声とともに一年の無病息災を祈り豆をまきます。

この他にも昔ながらの風習としてはひいらぎの木の枝にイワシの頭を刺したものを家の入り口に飾るという事も行われます。これはイワシの悪臭とひいらぎの枝の棘を鬼が嫌うためとされていて、やいかがしと呼ばれます。また恵方巻きは近年ブームとなっている風習ですが、元々は関西地方や愛知県で行われていた行事が全国的に広まり定着したものとなっています。

様々なキャンペーンが行われ恵方巻きが人気となっている一方やいかがしはあまりなじみがないという場合も近年においては多くなっています。本来のやいかがしはイワシの頭を豆幹に刺し、これにつばを吐きかけて火にあぶり、ひいらぎの葉を添えて家の全ての戸口に刺すというものでした。

かつて全国的に広く行われていた豆占

豆占とは年占いの一つで、主として節分の夜に囲炉裏の火の周囲に各月を指定した十二粒の大豆を並べ、焼け具合によってその年の作物の豊凶や月々の天候を占うものです。

群馬県の現在みなかみ町となっているかつての水上町では煙だけが出て焦げないと風、豆油が多く出る、黒焦げになるといった場合には雨、早く火がついて赤くなると日照りというように占いました。この一方で程よく茶色に焼けると米麦の出来がよいとされていました。

一方で奈良県においては煎った豆に黒塗りの盆を伏せてしばらくおき、盆の裏に豆の湯気がたっぷりついたら今年は水の不足がないというように信じられていました。

また青森県の漁村においては白くきれいに焼けると吉で豊漁、半分白く半分黒いと半吉、真っ黒に焦げた場合には凶と判断していました。

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