芒種 - 2018年6月6日頃 -

芒種の起源や語源、歴史、
また芒種に行われる行事など芒種に関することを解説。

-AD-

芒種(ぼうしゅ)とは

古代中国で、月と太陽の動きを元に、『太陰太陽歴』が作成されました。この太陰太陽歴は、黄河周辺に栄えた文明で主に農耕用の暦として使われていました。日本に伝わってきた際にも、同じ用途で使用されています。
現在では太陽暦が主に使われているため、太陽暦は新暦、太陰太陽歴は旧暦と呼ばれています。
その旧暦の中に、一年を十二の中気と節気でそれぞれ区切った『二十四節気』があります。その一区切りの中に(旧暦の四月二十七日頃)に『芒種』があります。

芒種の名前の由来ですが、芒という漢字にイネや麦などの穀物という意味が含まれており、この時期が穀物の種を蒔き始めるタイミングに適しているからであると言われています。実際、昔は芒種を種まきを始める時期として農家が活用しており、現代も植物を育てる目安として農業に活用されています。
稲刈りの後は、農家は時間に余裕が出来、他の仕事をしたりしていたりする人も多いのですが、種まき以降は暇がなくなり、忙しくなります。そのため、芒(通常のぎと読む)という音が、亡くすという字の亡や、忘れるという字の忘と同じ音であり、農家の人が忙しくなり、時間がなくなる、暇を忘れるという意味も含んでいるという説もあります。

日本に旧暦が伝わったのは、飛鳥時代初期、六世紀後半です。
それから文明開化する明治時代まで長く農村の方で活用されてきていたのですが、時代の流れとともに、新暦が主流となったため、今では昔ほど一般的ではなくなってしまいました。
しかし、新暦では段々と暦と季節にずれが生じてしまいます。旧暦はそのずれを自動修正するシステムが組み込まれているため、新暦よりも旧暦のほうが優れているとして、旧暦を重要視する人が出てきています。

新暦では6月6日頃になりますが、旧暦では五月ごろで、芒種の始めから少しずつ暑くなりはじめ、梅雨入りもするため、湿度が高くむしむしします。この時期に降る雨を五月雨、晴れ間のことを五月晴れと呼び、和歌などでは季語として、昔も今も沢山の人に親しまれています。
新暦になり芒種という言葉を知らない人が増えましたが、私たちの身近な言葉の一つとして、形を変えて無意識のうちに人々の生活の中に深く根付いて生きています。

この記事が気に入ったらいいね!しよう